この本
かなりの読み応え


本当に
糸井重里さんという人は

人は
人との関わり合いによって

---*---*---*---

生きられる
活かしあえる

---*---*---*---

ということを実践して
生き続けているなぁ〜と

改めて
じみじみ感じた



まだまだ
対人恐怖があった頃

わたしにとって
ほぼ日という存在は


小学生の頃の
笑っていいともみたいに

いつも
傍に寄り添ってくれたけど


それは
きっと

糸井重里さんの
人と活かしあう生き方が


閉じたままだった
心の中に

じんわりと
沁み渡ったからだと想う



糸井さんのお話も
素晴らしいのだけれど


糸井さんと
新井さんの対談が

また
すご〜く濃くって


その中の
吉本隆明さんのお話が

読んでて
とても嬉しかった



糸井さんが
共同通信の企画で

バーで
吉本さんと逢ったとき


---*---*---*---

対談は
今じゃないほうがいい

もっと
晴れた日にまた会いましょう

それとは別に
いつでも遊びに来てください

---*---*---*---

そう言われて
その日は別れたというお話



このときの
吉本隆明さんの真意は

ご本人にしか
わからないことだけれど


(足元が汚れずに
 お互い心地良く話せるとか

 そういうことも
 きっとあるのかもなぁ・・・)


わたしにも
「晴れた日に」という感覚は

いつも
人と連絡をとるときに

心の
隅っこの方に持っていて



晴れた日の
太陽に照らされた感じとか

あったかいなぁ〜と
ほのぼのした感じとか


そういう気分で
連絡とれるといいなぁ〜と

タイミングを
待っているときとかあるのよね



雨の日にも
曇りの日にも

その日としての
過ごし方はあるのだけれど


なんとなく
縁側で寄り添うような

そういう気持ちで
連絡をとりたいと想うと


今日かな・・・
明日かな・・・

午後の少し
早めの時間がいいかなぁ〜


みたいな
ゆらゆら時期があったりして



メールとか手紙とかと
対談は違うけれど

そのときに
お話している感覚で

どんな日に・・・みたいのを
想い浮かべるところは

一緒だ〜〜って
なんだか嬉しくなってしまった



わたしたちって
素敵な人を見たときに

「素敵だ〜」
「素晴らしい〜」と

言葉にすることはあっても


案外

一緒だ〜〜〜って
ストレートに歓んで

言葉にすることに
照れてしまうことがある



けれど
”気づく”のは

やっぱり
自分の中にある素材だから

ちゃ〜んと
受け容れてあげよう



それは
目には見えない


「魂のかけら」


のようなものだと
想うから




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