ベイマックス
やっぱり良かったなぁ〜


初めはベイマックスに
翻弄されていたヒロが

やがて
兄の死を追うとき


ベイマックスに
癒されるのではなく

自分の発想を主導して
ベイマックスを使いこなす

それが新鮮で
とても素晴らしかったよね



ヒロは
ずっと孤独だった

唯一の才能を持ち
唯一の才能を研磨し

あまりにズバ抜けてるゆえに
同世代に話しの合う友は居ない


そして何より
才能の使いこなし方を

彼はまだ
身につけていなかった



唯一の理解者は
兄のタダシだけ

兄の死を経験して
他者との分かち合いを知る


ここからが
本当の意味での物語の始まりで

ここから
ヒロは

自分自身と
自分の才能の

本来の使いこなし方を
徐々に身につけていくことになる



そして
ヒロと分かち合った他者も

唯一の才能を持ち
唯一の才能を発揮する

孤独を知り
試行錯誤を知るからこそ

ヒロと
心が通じ合うことができた



心の通じない相手と
向き合っているときと

baym1.png


心の通じる相手と
同じ方向を見ているとき

baym2.png

人の表情は
こんなにも変わる



自分に「ある」ものを
共有し合える者同士なら

血の繋がりも
何も関係なく

その結びつきで得る
知恵も喜びも何倍にも膨れ上がる


MVのラストに
アナ雪が出てくるのも

自己を発揮する勇気と
それによって得る感動


そして
そこで生まれる

心での
深い結びつきが

この物語にも
注入されているからなのかな





Coldplayの
この世界観とも繋がりを感じた



【追記】

才能は
誰もが持っている

魅力も
誰もが持っている

自己存在の発揮こそが
才能と魅力の発揮でもある


そして
アナ雪は

才能(=自己)を
閉ざしたところから

自己を開き
発揮するまでの

感動を描いた
物語だったけれど


ベイマックスは
生身の人間の社会における

更なる自己存在の
使いこなしの克服と

他者との分かち合いという
更に広がりを持たせた物語でもある


アナ雪があったからこそ
ベイマックスの世界が生まれたんだな



そして
もうひとつ

ネタバレになるので
詳しくは書かないけれど

ヒロが見る
タダシの「ある映像」は

ピクサーと
ディズニー映画を生んだ

彼らの精神そのもので
本当に涙が止まらなかった


ジョブズのことも
思い出しちゃったよ


もしかして
タダシの存在は

今も生きる
制作者たちからの

ジョブズへの
リスペクトでもあるのかな


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