スクリーンショット(2012-01-31 2.28.06)

彼はレディーガガの
『Born This Way』のPV監督

この雰囲気
彩ね。好みだぁ



そしてこれが
ニック・ナイトの撮ったガガ

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作品を見てみると
”破壊”を感じさせるものが多い


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「フォトグラファーは社会の変動を写すものだと言われる。
 しかし、ぼくは違う。ぼくは社会の変動を引き起こしたい」

ニック・ナイトは
そう語ったことがあるという



自らが
社会の変動を巻き起こす渦となる

これこそがガガと
魅き合った部分なんだろうな



動画作品も沢山あって
アーティストやモデルとのコラボも存在している


【Tribute to Alexander McQueen by Nick Knight, music by Björk】
これはアレキサンダー・マックイーンに捧げたトリビュートフィルム

【Nick Knight shoots Lady Gaga for Vanity Fair】
パンキッシュとキュートの両面を持ったガガが見られる

【Massive Attack by Nick Knight】
単独での映像作品




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こんなこと
知りたいのは自分だけじゃないか

こんなこと
考えてるのは自分だけじゃないか

こんな想い
抱えているのは自分だけじゃないか



けれど
調べてみれば

「自分だけじゃなかった」
という事実を知ることができるのが

インターネットの
素晴らしさなんだ


それが
知りたいことの全てじゃなくても

その欠片を
手にしただけで


同じものを好きだったり
近いものに興味を持っていたり
似たようなことを感じている

そういう人が
この世のどこかに

存在しているという
事実を知ることができるんだ



これはテレビやラジオという
受け身的な情報では成り立たない


調べたい単語を並べ
自らで打ち込み

調べるという行為に及ぶからこそ
手にすることができる真実



自分の身内に存在しない
自分の近所に存在しない

だからって

この地球上のどこにも
存在しないとは限らない



「自分だけが」
そう思っているのは

身内
血筋
身近

そういうところに
拘り続けているからじゃないか?



身内や血筋に
同じを求め続ける

これもまた
不幸人生を生き続ける人間からの

過去からの
洗脳にすぎない


今を不幸に
生き続けている親たちは


孤独を恐れ
孤立を恐れ

子供に「同じ」を
強制し続けることで


自らの子供が
家族という枠を超え

社会に向けて
自立をしていくことを邪魔し続ける



タチが悪いのは
不幸人生を生き続けている親に限って

家族は似てるものだから
親子は似てるものだから

子供の人生も
そんな程度で仕方がないのだと


自らの意思により
幸福を獲得しようとしてこなかった言い訳と

子供を自分から引き離さないための
生きることに対する諦めを刷り込むために

血が繋がっているからという
幻想を擦り付けていくことだ



血の繋がりこそが
自分の人生のルートではないんだ

たとえ
血が繋がっていようが

その人間が
血が通っていない心の持ち主であれば

血なんて
クソくらえの世界だ



自分の知りたいことを
親が知ることがないのなら

自分の手で
探し出していくしかない



「自分だけ」
そう思っている気持ちさえも

「私だけが」
「俺だけが」と

今もまだ
人生を嘆き続けている

大人たちの
口癖そのままだと思うのなら

そんな大人たちに
心の中で悪態をつきながら



自分自身の手と脳を使い
「自分だけではない」という真実を

この世界中に存在する
多くの他者の中から

たったひとつでいい
見つけ出してみればいいんだ


スウィート・ヒアアフタースウィート・ヒアアフター
(2011/11/23)
よしもと ばなな





表現者とは
シャーマンみたいな存在である

というのは
よく感じることだけれど


この小説ほど
近年でそれを感じた作品はなかったかも

(最近すごく読む小説が
 限られているのもあるからだろうけど)



震災を機に書いたという
この小説には

重苦しさは
たしかに存在しないけれど

これは明らかに
真実だという言葉は

たしかに
散りばめられている



生きていく上で
一見重苦しく感じる出来事や

もの凄く悲しくて
痛みの伴う出来事があっても

人ってその中で
何かを獲得していくものだ



他者から見て

「可哀想」とか
「おかしい」とか

そんな判断ほど
当人の生き様を無視して

重苦しさを
勝手に押し付けるものはなくて


ただ当人は
その瞬間を大切に

今歩いている道にある
キラキラした小石を

ひとつひとつと
拾い上げていくように生き続けている



何かを背負い
生きる事によって感じる

これまでの何かに対しての
違和感という存在は

ときに人を
孤独に追い込むこともあるけれど


その孤独の中から
真実の自分が見えたとき

心の共鳴でしか
繋がらない人が見えてくる



他者の語る人生に
重苦しさを求めるのは

本当は求める人の中にある
重苦しさを放置しているからだ



そんな辛辣な真実さえも
ばななさんが言葉にして綴ると

優しく暖かく
心に響いてくるのが

とても素敵で
とても素晴らしいと思う




VOGUE JAPAN (ヴォーグ ジャパン)2012年3月号VOGUE JAPAN (ヴォーグ ジャパン)2012年3月号
(2012/01/28)





今回のVOGUEは
ガガのロングインタビューが載るらしい


奇抜な衣装と
奇抜なメイクで

デビュー以降
賑わしてきたガガが


昨年秋には
すっぴんを公開し

今回は自宅や
家族について語るという


勿論この号は買いだ!



これもまた
ガガのニューステージの始まりであり

そして
この流れ自体も

ガガからの
世の中へのメッセージでもあるのだろう



ネットで予約したから
手元に届くのは数日後になりそうだけれど

今から手にとるのが
とっても楽しみだ






あの日たしかに
ボクを死に誘う声が聞こえた


耳を塞いでも消えなくて
身体を小さく閉じて

腹の底に力を入れて
その声に耳を傾けると

それは
ボクの声ではなかった



ボクの死を望むのは
この世でたったひとり

それ以外の
多くの人々は

ボクの生を望むか
ボクの横をただ通り過ぎていく人たち


ボクの暗闇は
羊水の中から始まった

羊水から出たあとも
しつこくへばりついてきた



それでもボクは
今もここに存在していて

それはどうやら
たったひとりの望む死より


目に見えても
目に見えなくても

今ここに居ても
今ここに居なくても


遠く離れていても
結構近くにいても

すでに出会っていても
まだ出会っていなくても


どこかに居る
何人かの誰かの望む生の力の方が

圧倒的に
強いかららしい



死を叫んでいた頃から
無意識にボクは感じていたのだろう

誰かの望む
ボクの生の力を


溢れ落ちた胎盤は
もうとっくに干上がっている

溢れ落ちた地面に
とっくに吸い込まれてしまっている


ひとつの愚かな望みは
ひとつの鮮やかな望みの集合体に

じわじわと
吸い込まれて消えていく

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元日にやってきたクマたん

1匹だけじゃ
ちょっと寂しそうねぇ〜と想い

地味〜に
お友達探しを続けて

一昨日やっと
相方がやってきましたぞぃ



それにしても
この新しいクマたまは

真っ直ぐ立つアングルより
このアングルの方が顔映りがよく


な〜んかちょっと
いきなり両手を上に挙げて

「イェイ!!」とか
言い出しそうな感じがしてくるなぁ


バレンタインデー [DVD]バレンタインデー [DVD]
(2010/11/03)
アシュトン・カッチャー、ジェニファー・ガーナー 他




プリティーウーマンの監督
ゲイリー・マーシャルの作品


バレンタインデーを通して

自らにとって本当に大切なものを
知っていく人たちが描かれているのだけれど

見ていてとても
ほっこりするストーリーだった



誰かと誰かが
繋がることによって知る気づき


どこでどう
誰と誰が絡み

物語が進行していくのかを
ワクワクして見ていたら

目が離せないし
長さも感じなかったな



一見些細な何かが
自らに変化をもたらすこと

その些細さに
耳を澄ませられるかどうか


その大切さと繊細さが
随所に散りばめられていて

ラストはとても
Happyな気持ちに包まれた



【追記】

このストーリーを見ていると
日本とアメリカのバレンタインの違いが判る

これもまた
一貫して自分の目の前にあり

それだけが
当たり前だと思っていたことが


その縛りから離れ
これまでと違うものに触れたとき

実際はごく限られた範囲内での
ルールでしかなかったことが

よく判るという
いい例だなという点でも見どころだったな




耳元で
プチンと音がする

今ね、ひとつ
耳たぶに穴をあけた


みんな
オシャレの為って思うだろうな

でも違うの

私は耳に穴をあけるときの
プチンって音が好き


だって身体から
音が鳴るって判ったら

生きてるって感じるもの
生きてるって思えるもの



ひとつ開けて
そこにキラキラするものを詰めて

鏡に映して眺めてみたら
なんだかとっても綺麗なの

ズタズタの
アタシの穴が

キラキラに
埋められていく


私は耳に穴をあけるときの
プチンって音が好き


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これが
ほぼスッピンのガガ

『You And I』
ファッションビデオの1本のひとコマ



いつもは
バリバリメイクのガガだけれど

スッピンも
とってもキュート


このガガの
素顔を見ていると

メイクにしろ
ファッションにしろ


素材を隠す(押し込める)ためではなく
素材を魅せる(生かす)ためにあるものなのだと

深く認識する



そしてそれは
メイクやファッションだけではなく

自らが奏でる
言葉や音色や色彩もまた


自身を隠すためではなく
自身を魅せるためにあるのだと

そういうところにも
繋がっていくんだよね



Lady Gaga『HAUS OF Ü feat. NYMPH』




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お腹がすいたから
食事を摂るのに

眠くなったから
睡眠を摂るのに


どうして
怒りたいから怒ってはいけない

どうして
憎みたいから憎んではいけない



「〜したい」という
自発的感情こそが欲求で

その欲求を満たしてこそ
命の鼓動を鳴らして生きられるのに


それならば
陰の感情も生きるためだろう



欲求を抑えるから
苦しくなった

欲求を抑えられたから
殺したくなった


それが自分でも
それが他者でも

殺したくなるのは
欲求が殺され続けてきたからだ



小さな
ひとつひとつが

1回1回
他者に抹殺され(殺され続け)

それがいつの日か
100にも1000にも重なって

強烈な殺意となって
溢れ出していく


「死んでしまえ」も
「死にたい」も

他者に殺されてきた感情が
生きたいと叫んでいるからなのに



抑えこむのはいつだって
無表情無感情を装い

自らの怒りと憎しみを
腹の中に溜め込みながら

表向きは
奇麗事で誤摩化し

自らの中の
本心をブチ殺しながら

無言で他者に
ジワジワと殺意を発している人々



許しましょう
愛しましょう

どうして全ての人間を
許し愛する必要があるんだ


今ここに
熱を持って生きている

たったひとりの自分自身に対する
愛を置き去りにさせてまで


許しや愛を
強制する偽善者たちは

今日もまた他者の
生きる力を奪っていく





女性性を
傷つけられた人というのは

メイクや
ファッションという

自己表現さえも
閉ざしてしまう時期がある



世の中では
性犯罪行為のみが

女性性を傷つける行為と
思われているかもしれないけれど


自分の親や
周囲に存在していた大人に

「男の子が生まれれば良かったのに」
「本当は男の子が欲しかったのに」

こんな言葉を
浴びせられることもまた

女性として存在すること自体を
否定されている行為のひとつだ



で、
ここで話を戻し

ファッション雑誌や
女性誌を手に取る事もない時期が

彩ね。自身
存在していたけれど


だからこそ

メイクやファッションへの
興味が産まれたとき

流行りで服や化粧品を選ぶという基準が
まったく存在しなかったので

着こなしもメイクも
まったくの自己流となっていった



雑誌を読まなかった時期
自己流を通したからこそ

今ファッション雑誌を選び取るときも
流行りに乗るためではなく

自分の好みを抽出するために
新たな好みを発掘するために

というところに
意識を注ぐことができている



誰もが体験する訳ではない
特異な体験をしたという事は

他の人には
なかなか当たる事のない

当たりくじを引いたのと
同じようなもので


だからこそ得る
突出した感覚を持つという

特技にすることも
可能なことなんだ



爆弾こわい 岡村靖幸REMIX爆弾こわい 岡村靖幸REMIX
(2012/01/18)
在日ファンク、岡村靖幸 他





爆弾こわいの
RIMIXバージョンが出て

ここ数日は
在日ファンクがヘビロテ


最近はドラマでも
ハマケンが見られて嬉しい



それにしても
在日ファンクを聞いていると

身体が自然に
カタカタ動くのだけれど

やたらめったら
肩を回している自分に気づく


ってことは
肩が強張ってるんだな



もう何年も前だけれど
音楽療法を研究している人に会って

子供が大声出しながら
身体をぎゅんぎゅん動かすのは

そこが強張ってて
気持ちが悪くなってくるから

声(音)で
自己調整しながら

ぎゅんぎゅん動かすっていうのを
聞いたことがあったな



既成の音楽療法って
それ専用のCDを使うけれど

あれに効果がなかったのも
なんだか判るよなぁ


自分の心に
心地よい音楽に出会うからこそ

身体もまた
心地よく感じる方向へと

調整する方へ
自然に動き出すものなんだ



在日ファンク『罪悪感』
この曲もカッコいい

彩ね。の好きな
裏方ミュージシャンの中で

かなり究極に
好きなのが武部聡志さん


最近では
紅白のユーミンのバックで

ピアノを弾いていたのが
武部さんで凄く嬉しかった



武部さんの曲やアレンジは
そのアーティストの言葉とメロディーに


キラキラと
金粉を振りかけるとか

サラサラの粉雪を
天上から降らせるような感じ



一青窈『さよならありがと』



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強い風の日
ボロ布を着てダンスを躍る


通り過ぎる
薄いコートを着た人が

寒いのに可哀想ねと
涙まで浮かべ

かごに入ったパンを
目の前に置いていった


それを横目で
チラリと一瞬見て

またひとり
ダンスを続けた



大きめの
帽子を被った人が

やぁ面白そうだと
話しかけてきた


それを横目で
チラリと一瞬見て

またひとり
ダンスを続けた


しばらくすると
にっこりと微笑んで

ありがとうと
缶コーヒーを置いていった



それを横目で
チラリと一瞬見て

またひとり
ダンスを続けていたら

オシャレな格好だねと
笑いかけてくるヤツが居た


あまりにも
にんまり見ているから

今度は
歌もつけてみると


遠く向こうから
うるさいと怒鳴りながら

ものすごい勢いで
走ってくる人が居る



ボクと
ボクをオシャレと言ったヤツは

缶コーヒーと
パンを持って走り出す


大きな橋の下で
パンとコーヒーを半分こにして

互いに微笑み
手を振った



パンをくれた人よ
あなたは涙まで流したけれど

ボクのボロ布は
衣装だったんだよ


あなたは一体
ボクに誰を見たんだろう


風に問いかけ
かじったパンは

少し硬くて
コーヒーで流し込んだ



今朝は夢の中に
CHEMISTRYの川畑くんが出てきた

実際には
1度も会ったことがないのに

「久しぶりだね~」って
思いっきりハグする夢だった



CHEMISTRYがデビューする頃
彩ね。自身は音楽と距離を置いたので

暫くは彼らの活動が
胸にチクチク刺さって直視できなかった

その川畑くんと
ハグをした夢っていうのもまた

自分の中の何かが
1つリニューアルされた気分



この間キャストもよく知らず
なんとな~くの思いつきで

ドラマ『ハングリー!』を
録画してみたんだけれど


川畑くんや
SAKEROCKのハマケンという

(ハマケンは
 在日ファンクで知ったのだけれど)


彩ね。好みの
ミュージシャンが立て続けに出てきて

「なんじゃこりゃ~!」と
思わず驚いてしまった



お店のスタートが
ガレージロックのイメージから

そんなところも
おお?!という感じだったし


役者川畑要を見て
また幅が広がっていくんだな~と

なんだか
とても嬉しくなってしまった



最近ひとつのドラマを
じっくり見るってこと自体

すっかり
無くなりつつあったのだけれど

このドラマは
ちょっと楽しみだなぁ



CHEMISTRY『君をさがしてた』

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試写会に行ってきた

「人生はビギナーズ」ならぬ
試写会ビギナーズの彩ね。なので

1人で見に行くのなんて
自分くらいかしら?と思ったけれど

結構1人で
見に来ている人も居るのね



「人生はビギナーズ」
そのタイトルの意味は

ラストシーンに
集約されていたけれど


映画全体を通して
強く感じたことは

終わりのために
始まりが存在するのではなく

始まりがあるから
終われるのだということ



別れるために
出会うのではなく

出会ったから
別れることができる


死ぬために
生きるのではなく

生きているから
死ぬことができる



出演者は
誰もが素敵だったけれど

彩ね。は
メラニー・ロラン演じる

サラに
涙が止まらなかった



そして劇中で描かれる
オリヴァーのアート

これもまた
美しく素敵だった


細部に散りばめられている
このアート表現も

また重要性を
深く感じるものだったけれど


この映画は
さりげない細部に凄く凝っていて

その細部こそが
とても見逃せないものばかりだった



【人生はビギナーズ・公式サイト】



ミュージシャンの
アレンジャーであるとか

バックミュージシャンとして
ステージに立つ人とか

表舞台に立つ人の
奥さんや旦那さんとか


裏方だったりとか
サポートである人の世界って

見るのが
すごく好きなんだなぁ



たとえば
ドリカムの中村正人氏は

電車の中で
友人と話していた

吉田美和の声に惚れて
声をかけたという

(歌っている声を聴いて
 声をかけたのではないのよ)



表舞台に立つ人の
サポーターや裏方の存在である人は

それだけ強靭なアンテナと
確信の持ち主だったりする



少し前に
ネットで見た本の中で

ものすごく美しい
装丁の本だなと思ったものがあった


洋書のように見える本を
どんな人が装丁したのかが

どうしても
気になったんだけれど


やっぱり裏に立つ人ほど
深い分析と拘りが重視される

っていうことを
この記事を読んで改めて思った


【クリエーターズファイル/平林奈緒美】


くわえて
平林さんの素晴らしいところは

独立したデザイナーとして
活躍するそれ以前から

自分の特性と
何に向いているかというのを

詳細に
自己分析していたということ


時がきたから
そうなるのではなく

その時の前から
そうなってもいい自分を知っておく
ということの大切さ


そして自分を深く知ってこそ
他者も細かく知ることができる

これもまた
不変であることを感じさせられた



プリティ・ウーマン 特別版 [DVD]プリティ・ウーマン 特別版 [DVD]
(2006/04/19)
リチャード・ギア、ジュリア・ロバーツ 他





こんな有名な映画
なんで今まで見なかったんだろ?

なんて思ったりもしたけれど
見てみたらやっぱり

今じゃなきゃ判らなかったなと
感じる部分が沢山あった



これまでと違う自分に
今出会おうとしているヴィヴィアン

それなのに
それを阻む周囲の反応

そこに葛藤する
ヴィヴィアンの感情というのは

今じゃなかったら
感じ取ることはできなかった


このストーリーの中には
様々な新体験が用意されていて

そこでの戸惑いが
手に取るように描かれている



知らないことを
知らないと言えるのには勇気が要る

それ以前に

知らないことを
知らないと気づくのにも勇気が要る


それはそれだけ
これまでの自分の人生が

小さな枠の中に
抑えこまれていたことに気づくという

強い衝撃にも
なっていくものだから



ヴィヴィアンはすでに
他者の目を気にしていたら

生きていけない域に
(絶望を経験し尽くした域に)
達していたからこそ


だからこそ
今更なんなの?っていう想いが

このときの
強みになったとも言える



それでもやっぱり
内面での葛藤が起きる姿というのは

見ていて
何度も泣けてきた



幸福を手にするのにも
覚悟が要る



けれど
だからこそ

強い光を放つのだと
感じさせられるような映画だった


年末に録画した
紅白をやっと見終えた~

といっても
好きなアーティストは繰り返し見て

それ以外は
すっ飛ばしちゃうんだけれどね



やっぱりガガは
相変わらず素晴らしかった

今回は
録画での出演だったけれど

あのステージを見て
録画じゃなきゃできなかったんだなと感じた


ファッションも
自己表現アイコンのひとつだけれど

ガガにとっては
ステージも衣装のように

自分のメッセージを
最大限に表現するアイコンだ


あのステージは
他者に用意されたものではできない

ガガっていう人は
テレビ番組に出る時でさえ

コンサート級の
パワーを注ぎ込んでいる


--------------
どこに居ても

誰と居ても

自分であれ
--------------


だからこそ
彼女はどんなステージでも妥協をしない



聖子ちゃん親子の
共演から見えたものは

まさに自立した
人間関係の象徴だった


親子で同じ芸能界で仕事をし
歌という分野を選択している


それは常に

他者と自己との違いを把握しながら
尊重しているから成り立つことで

そうでなければ脳内で
同化してしまいそうな道筋でもある


(自己を確立していない人間の
 他者に対して同化を強制する意識こそが
 自分の人生の諸問題を他者に擦り付ける根源となる)


だからこそ互いに
「個」を見出すということを

信念を持って
追求し続けているからこそ

聖子ちゃん親子のステージは
個人として生きているもの同士が

共に何かを起こすことの
力強さを発揮していた



ユーミンは
イントロの段階から

立ち姿から放つ
エネルギーが半端なかった


彼女の歌からは

「歌」を超越して
「祈り」しか感じなかった


”春よ、こい”という歌は
近年のユーミンの歌の中で

彩ね。が
1番好きな歌なのだけれど


あの歌詞には
本来持っている日本人の

しなやかな
強さと美しさを放つ魂が

言葉の中に
まんべんなく散りばめられていた


ユーミンは
滅多にテレビに出ないけれど

あの立ち姿を見て
強く感じたことは

”ごく普通の日常”を
ものすごく大切にしているからこそ

あれだけのパワーを
ステージで発揮できるということだ


ひとりの人間としての
家庭での日常を大切にしている彼女だからこそ

家庭とは違うステージでもまた
ひとりの人間として

今やるべきことを
最大限に注ぐことができる


彼女の立ち姿そのものが
メッセージと言っても過言ではなかった

それぐらいの迫力と
大きな力を感じるステージだった



そして

どのアーティストを見ても
共通して言えることは

誰もが何かに傷ついて
自己が崩壊しそうな時期があるけれど


ガガも
聖子ちゃんも
ユーミンも

ガガであり続けることを
聖子ちゃんであり続けることを
ユーミンであり続けることを

決心した瞬間が
確実にあるんだろうってこと


崩壊しそうな自己を
経験したことのある人だからこそ

自分であることの
大切さを知っているということ

(これは男性陣だと
 長渕剛と郷ひろみから強く感じた)



そしてその決心する瞬間は
ステージに上がる人だけではなく

誰もが平等に
与えられているものなんだ