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食事の前に

いただきますと
手を合わせること


食事の後に

ごちそうさまと
手を合わせること



六根清浄を
読み続けて気づいたのだけど

これって
きっと

神社で神様に
手を合わせるのと同じこと



わたしは
一人で食事をとるときも

たまに
外食をするときも

食事の前に
必ず手を合わせています



いただきますという
言葉に含まれているのは

作ってくれた人に
お礼を籠めるだけではなく


自分自身の身体に

これから
食事をいただきますよと

挨拶をすることとも
繋がっています



たとえば
人の家にお邪魔するとき

ノックをしたり
チャイムを鳴らさずに

いきなり
入ることはないように


身体の中に
食べ物を入れるときに


これから
食べ物通りま~す!と

身体に
お知らせすると


びっくりすることなく
受け入れ体勢になるんですね



だから
食べ終わったときも

手を合わせて
ごちそうさまを言うと


食べ物通るの
ここからお休みで~す

という挨拶を
身体に伝えることになります



挨拶とは
他人のためにしてるようで

実は
自分自身にも

礼儀を持って
接しているというということ



自分に
礼儀正しくあることは

第七チャクラの
ケアにも繋がっていきますよ





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新月の日
氏神様にお参りして

その帰りに
ふっと出逢った空



初めは

一番下の雲が
蓮みたいだなぁ~

となると
その上は観音かしら


なぁぁんて
想っていたのだけど


そのあと
ピラミッドがひゅ~んって

飛んでるように
見えてきたりとか


羽根の生えた
天使みたいな存在が

踊ってるように
見えてきたりとか


こんなに
いろんな表情に見える空も

なかなか
珍しいものよねぇ・・・



意味とか
考えなくても全然よくて


へぇぇ
こんな風にも見える

へぇぇ
あんな風にも見える


そうやって
楽しんで眺めてみることが

発想力を養う(第六チャクラ)
頭の体操になったりするのよね




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今日のお昼は
ケーク・サレと南瓜サラダ

どのお野菜も
生き生きしてて美味しかった



わたしは
ひとりでの食事でも

家でとるときは
必ずランチョンマットを敷きます

(ランチョンマットと称した
 手ぬぐいだったりするのだけど)


珍しいね〜と
言われることもあるのだけど

これって
習慣化してしまうと

食事への想いが
徐々に変化していくんです



ランチョンマットを敷くと
お料理を丁寧に並べたくなる

お料理が丁寧に並ぶと
丁寧に食事がしたくなる


ランチョンマット一枚で
こんな連鎖反応が起きたりします



そして
丁寧に味わっているうちに

それが
食材への敬意に繋がったり


自分を
もてなしてると気づくと

お料理の仕方も
心の籠め方が変化していきます



でもね
わたしも

ランチョンマット一枚が
面倒に感じていた時期もありました


そういうときって
大抵心が擦り減っている状況

そして
なにもかもが

早いことが素晴らしいと
思い込んでいた時期でした



でも
本当のわたしは

ゆっくりが
とっても好きだし

ゆっくりが
わたしのいいところかも

そんな風にも
想えるようになってきました



ちなみに
食をゆっくり味わうことは

第一チャクラの
癒しにも繋がっています


食事の摂り方が
癒しに繋がるって

なんだか不思議に
感じる人もいるかもしれません



でもね
食に関わる反応って

体の正直さと
繋がっていると想うんです


体に合わないものは
気づくとペッと吐き出すし

体に合うものは
しみじみエネルギーが廻って

ほっこりと
顔が綻んだりするでしょ



だからね
とっても大切なこと




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個装して
売ってるお菓子以外は

こうやって

小皿にちょこっと
入れて食べるのが好き


こうするとね
食べ過ぎなかったりするし

可愛いお皿だと
お皿を眺めたり

ゆっくりと
食べることができたりする



最近は
ちょっとお休みしてるけど

食べる前に
食べる物やお皿を眺めるって


ちょこっと
ホテルのカフェで

スープやお茶を
味わうことを重ねたからかも



丁寧に作られて
綺麗に注がれたスープや


丁寧に淹れて
ちょこっとお茶菓子が添えてある

綺麗な
ソーサーやカップは


自然にゆっくりと
眺めてから口にしたくなる



そうすることで
視覚的に味わって

そのあと
味覚として味わって

ゆっくりと
体に沁み込んでいく



ホテルのような
ゆったりとした空間は

少し
非日常的で

だからこそ
深く味わう余裕を持てる


そういう空間に
あえて足を運んだからこそ

味わい方を
学んだような気がする



少し前に買った
林檎のお菓子が美味しくてね


食べる前に
よく見てみたら

パイなのだけれど
中にスポンジが入ってて


へぇ~
こんな層になってるんだ

ひとつ
150円くらいだったと思う


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(これこれ・・・
 わたしはデパートで買ったけど
 最近スーパーにも並んでる)



そのお菓子に
こんな工夫があるなんて

凄いなぁ~
素敵だなぁ~と

感激しながら食べたら
いつも以上に味わい深かった



ゆっくり
味わうことって

作り手の想いも
深く感じやすくなるんだ


そうすることで

作り手の想いに
感じるものと繋がる

自分の中の素敵感性も
目覚めさせることができる






4年位前から
コーヒーが飲めなくなって

2年位前から
紅茶が飲めなくなって

今のわたしは
緑茶も飲めないのだけれど


これって
きっと

情報の咀嚼と
関係しているような気がする



そういえば
カフェインを含むものを飲むと

わたしは胃の中が
キュッて萎縮した感覚になる



情報を詠むことと
咀嚼することって

繋がりがあるから


咀嚼(解釈)の
幅を広げるというか

咀嚼(解釈)に
ゆとりを持つのには


体に入れたときの

胃がキュッと
萎縮した感覚って

もしかしたら
合わないのかもしれないわ



【追記】

そういえば
コーヒーも紅茶も緑茶も

飲めないけれど
香りは好きなのよね


これって
見ている分にはいいけど

一緒に暮らすのは
大変そうな人に似てるかも?!



例えば
わたしでいうと

セカオワの深瀬くんは
好きだけど見てたい派で

DAIGOは
一緒にいたい派なのよね


どちらも
女性を幸せにしそうだけど

微妙に
自分の中で違いがあるのだわ




あと

ジョニデは
好きだけど見てたい派で

Coldplayのクリスは
一緒にいたい派っていうのもあるわ



お腹って
正直にできてるのね〜〜〜




わたしはときどき
リーディングの練習と称して


こんな風に

お花や植物に
チューナーを合わせて

お話を聞くことを
やってみたりすることもあります



でも本当は
こういうことって

誰もが
気づかずにやっていて


お花や植物を
育てるのが好きな人も

お花や植物を
見るのが好きな人も


日常的に
その声を聞いていたりします



育てるというのは
聞くということと同じで


聞こえてるのだけど
聞こえていることを

認めたくない
気づきたくない


そんな自分が
どこかにいるだけのこと



聞こえている
自分がいるんだなぁ~

そうちょこっと
頭の片隅に置いておくだけで

少しずつその事実に
気づけるようになっていきます



そして手っ取り早く
思い込みを変えるには

聞こえてる人の情報を
積極的に取り入れていくということ



これまで

聞こえてるはずないよ~と
思い込んでいたのは


聞こえてるはずないよ~と
言う人たちの情報を

頻繁に
入れていたからなので



そんなのありあり~
そんなのできでき〜


そうやって
楽しんでいる人の情報を

積極的に
見るようにすることをしていると


なぁんだありなんだ~
なぁんでできるんだ~

そういう自分に自然と
気づいていけるようになっていきます



そうやって
見る情報を変えて

脳内共同生活者を
変えてしまうことで


自分も
その世界の住人として

ゆっくりと
馴染んでいくという感じかな



---*---*---*---

写真は
ステビアのお花

初めて育てたけど
こんなお花が咲くのね〜

人生って
初体験の連続よね




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味というのも
目に見えない情報のひとつ


わたしは
ゆっくり食事を摂ること

できるだけ
心がけているのだけど


ときどき
意識的に

目を瞑って
味わってみたりもします



そうするとね
食材の味や香りだけじゃなく

リズムみたいなものも
ふっと感じられる瞬間がある


それがまた
食事をしているのに

音楽を聴いてるみたいで
何だか面白い気持ちになるんです



味わうということは
情報の咀嚼とも繋がっていて

深く味わうと
深く読み取れるようになる


それも
難しく噛み砕くのではなく

なんだか
ふわっと発見できる感覚


リーディングの感度も
自然と深くなっていきます
(感度=第一チャクラの活性化)



そうそう
一人で食事をするときも


美味しい〜!!とか
満たされる〜!!とか

食事への感動を
言葉にすることって


自分褒めの要素も
同時にあったりします



作ったなら
それを作った自分

買ったなら
それを選んだ自分


感動って
その行為に対しての

自発的な褒め言葉として
インプットされていくので


美味しさが増す
   &
自分褒めもできる


という
お得な行為なんですよ〜〜〜



*味わい繋がりで
 今日は後ほど浅漬けのレシピをUP
 お楽しみに





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わたしは
瞑想の代わりに

音声を使った
イメージワークを

毎朝日課で
やっているのだけれど


これが
リーディングに

意外な感じで
役立っているのよね~



瞑想とか
イメージワークって

心を落ち着かせるとか
自分と繋がるとか

そういうイメージって
案外あるかもしれない


けれど
わたしにとっては

イメージワークの中で
気づいた小さな変化を

毎回
メモしておくことが

リーディングの
言葉遣いにも反映されてる



たとえば
同じ音声を使っていても


あ~
ここで

こんなこと
言ってたんだ~とか


このイメージ
今まで暑苦しかったけど

なんだか
少しずつ

やんわり
温かくなってきたとか・・・ね



そういう
感覚の変化が

リーディングでの
言語イメージの拡がりと

気づくと
繋がっていたりするのだわ



この記録って
日々変化を遂げている

自分のことを
受け入れやすくなる

キッカケでも
あるように思います



大切なのは
書いたものに対して

評価をつけたり
分析しないということ


あとから
読むとしても

ひとつの読み物として
楽しむ感覚を大切にする



同じ音声を使っても
まったく同じ風景にはならない


それは
見えないレベルで

日々違う自分が
生まれているということ



リーディングの言葉に
変化が出るということは

日常の言動にも
変化をもたらしてるかもしれない



リーディングって
非日常ではなくて

実は日常生活と
身近な関連性があるのよね





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リーディングというと
もしかして

メッセージを
受けとるものとか

当たるとか
当たらないとか

そういう印象って
強いかもしれません



けれど
わたしにとっては

他にももっと
大切にしているところがあります



それが
感性を呼び起こせるかどうか



スピード勝負の
忙しい日々を送っていたり

身体に残る古いしこりで
閉ざしている感覚があったり


わたしたちは
日々似たような風景の中で

見落としやすい
小さなものがあったりします



昨日
咲いていなかった花が咲いた

これはとても
分かりやすいけれど


昨日できた蕾が
少しだけ膨らんできた

という事には

案外
気づきづらかったりします



そういうことに
気づいていくキッカケとして

リーディングの言葉が
存在しているということ



感性が閉じていると
自分が見えづらくなります

そうすると
どんな相手に対しても

気づかぬうちに
言葉を鵜呑みにしてしまいます



だからまずは
リーディングの

言葉を読んだり
カードの並びを見たときに


体の反応を感じたり
心の印象を汲み取ったり

そういうところを
呼び戻すキッカケにすること



ここが
まず

とても
大切だと感じています



そもそも
不思議なのが

占いとか
リーディングとかって


当たるって言葉に
違和感を持つ人が少ないけど


言葉だけで
当たるって聞くと

なんだか
ちょっと痛いイメージ



それよりは
食事を摂るときのように


やんわり顔が綻ぶとか
苦いけど美味しいとか

甘いけど甘ったるいとか
薄味だけど奥深いとか


お腹で読み取るとか
お腹に伝えるとか

第三チャクラの活性化として
楽しめる要素ってあるんです






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最近になって

マルセイユタロットの
基本書を借りてきて


カードそれぞれの
要点部分だけを

ノートに
書き写してるのだけど


ただ読むだけより
ノートに書いた方が


あぁ

この本には
こう書いてあるけど


これはきっと
男の人目線よりよねとか

わたしだったら
こんな風に感じるなとか


そういう
自分の中の言葉が

拾いやすいなぁ~って
気づいた



そういえば
20代の頃に

プロボーカリストを
目指していたとき

歌詞を覚えるのに
ノートに書き写してると


わたしだったら
このシュチュエーションなら

ここはこんな風に
表現するかなぁ~って


それが
キッカケで

自分で
詞が書きたくなったんだわ



リーディングって
同じツールを使っても

本当に
人それぞれ

個性の出方が
違うと思うのだけど


専門書を読んだときに
それにただ頷くのではなく

「わたしだったらこう書きたい」
「わたしだったらこう表現したい」

ここに気づけることが
オリジナリティーに繋がると思う



すぐに
その違いに

自分なりの
表現が見つけられなくても


手で書くという行為は
ん?と思うと手が止まるとか

そういう意味で
自分の素直さが出やすいかもしれない



リーディングって
一応マニュアルが存在するけど

歴史を辿ると
そのマニュアルを作った人の

嗜好から作り上げた部分が
とても多いことに気づく



曲作りとか
歌作りと思うと

コードはあるけれど
組み合わせ方は自由だよという

意味合いのようなものが
読み取りやすいかもしれないね







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