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自家製
レモンの砂糖漬けで
ホットレモネード


レモンを皮ごと
摂るようになったら

身体が
ぽかぽかするなぁ〜と
想っていたら


おのころさんのブログで
こんな記事を発見

【五感器官からの大切なメッセージ。 】


触覚メッセージのところに
「冷え」があるのを見て


んんん??
もしや・・・

<<食物にとっての皮=境界線>>
という意味で


皮ごと
食することによって

身体が食べ物から
境界線の感覚を吸収してるのでは?


な〜んてことを
想ったのでありました



皮のほろ苦さって
意外と美味しいのでね


最近のわたしは
国産の果物なんかだと

お塩で皮を
こしこしこすって

お料理に
取り入れたりもしてます


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これは

甘夏の皮と
ビターチョコレートを

ホットケーキ生地に
入れて焼いたもの


作り置きの分は
オーブンで温めるので

苺をトッピングしたまま
焼いてみても美味しかったわ




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とある日の
朝の空


「ニ?」

ニヤリかなぁ~なんて


暫くしたら
こちらにも・・・





また
「ニ」よ~~~


とまぁ

わたしの周りに
やってくるメッセージは


なんだか
よくわからないけど

とりあえず
笑えるものが多かったり?!



そういう風景に
出会って行く度に


深刻そうに見せてるわたしは
ちょこっと嘘つきで

本当のわたしっていうのは
面白いヤツなんだよ


そんなことを

繰り返し
伝えられてたりして〜



ニヤリっと
思わず笑ってしまうとき

人って
自然にほっとするもの


感謝って
緩んでくると

少しずつ自然に
ふっと湧いてくるようになる



感謝できることは
素敵なことではあるけれど

感謝できないあなたが
素敵じゃないわけではなくて

そういう状態の
あなたがいるということ



感謝できないときは
感謝できないほど

心か
体か

そのどちらかに
強張りがあるかもしれません



だから
感謝できないことに

感謝しなきゃって
追い詰めた気持ちになるより


心か
体が

ほっとすることを
ほんのちょっとやってあげる



さて・・・
ここで読んでくださってる方

ひとりかな?
誰かといるかな?


もしよかったら
ちょっとその場で

「ほっとする~」って
言ってみてくださいませ



なんか
それだけで


上がってた肩が
下がった感じがしたり

浮いてた足の裏が
地面についた感じがしたり


ちょっとした
体感の変化を感じませんでした?



感謝できないことを
問題視してしまうと

意識が自分の外側に
向いてしまうので

問題視の視点は
ポイッと横に置いちゃう



そして

そっか
感謝できないわたしがいるんだ
うんうん

そうやって
頷いてあげるだけでいい



それから肩の力が
ぽとんと落ちるようなことを

自分への
感謝の気持ちを籠めて

優しく
温かく注いであげることを

ちょこっとずつ
続けていけば大丈夫




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ある日ふと
思ったことがある


わたしのせいでって
自己憐憫の言葉は

世界征服と
とても似てるなぁ~って



わたしのせいで
あの人は悲しんでいる

わたしのせいで
あの人は苛立っている


それって
わたしという存在が

あの人の感性の
鍵(主導権)を握ってるって

言ってるのと
同じことなのよね



それって
どんだけ傲慢なんだ?!

自分ってそんなに
巨大な存在なのか?!



幼い頃
お前のせいだ!!なんて

もし誰かに
言われた傷が

まだ心の中で
疼いているのだとしたら・・・


相手はあなたを
責めているフリをして

自分はあなたに
心を占拠されてま~す!!と

宣言していたのと
同じってことでもある



つまりね
魅了されていたの

あなたを
責めてたんじゃなくて

あなたに
心奪われていたの



でもそれを
自分では気づいてなくて

うまく言葉にできない
もどかしさを抱え

我を忘れた自分に怒っていた
ということなのかもしれない



そう考えると
なんか笑える~~~!!!






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出張続きの仕事をし
夜中に帰ってきて

子供の顔も見ずに
朝出かけていく


そして
育ち盛りの子供の

育つ姿を見ることなく
この世を旅立っていった


父の人生は
幸せだったのか・・・


そんなことを考えてた
自分がいることさえ

随分長く
忘れていたように思う



ある日ふと
思ったんだわ



あぁ
父は幸せだった

生まれてきた
私の姿を見て

幸せを
感じたに違いない



一緒に出かけたり
一緒にご飯を食べたり

そういう機会は
とても少なかったけど


わたしという存在を
創造できたということは

父にとって

幸せであり
喜びだったのだろうと・・・



その言葉を
誰かに

伝えて
貰ったわけではないけど


確かに
わたしの中で

なにかが
カチッとハマる感覚が起きた


だから
これは

きっと
真実なのだと想う



多くの人は
誰かが

目に見える何かを
失ったとき

「気の毒に」
「可哀想に」

そんな言葉を
気づかぬうちに発している



それが
健康であっても

それが
家族であっても

それが
お金であっても

それが
仕事であっても

それが
地位であっても


無くなったものに
フォーカスする視点が

不幸な人を
捏造してしまうのだわ



だからわたしは
ある日を境に

---*---*---*---

わたしの脳内辞書に
可哀想はない

---*---*---*---

そう決めた



幸せというものを
獲得するものではなく

幸せというものを
感じるものとするなら


失った人や物への
悲観の言葉ではなく

存在する生命を尊敬する
愛しさの言葉へとなっていく



可哀想という言葉は
過去を見ている言葉

素敵という言葉は
今を感じている言葉



それは
素敵という言葉を

心地良く
日常に取り入れることが


今を感じる
入り口になる

ということでもあるのよね






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心の世界では
ブロックという発想で

表現をする人も
結構いたりします



でも
心のブロックって

言葉の受け手として
感じてみたときには


目に見えないので
どこまで外せばいいの?と

かえって

不安を呼び起こす発想で
あるときもあります



こんなことを
言えるようになったら

こんなことが
できるようになったら


ブロックが外れますよ
変化があるはずですよ


それは
まるで学校の宿題を

尽きることなく
こなし続けるようなもの



それが言えない
それができない

今の自分は
○ではないですよって

否定(問題視の視点)に
感じてしまうことで

不安になったりしてしまう人も
きっといると思うんです



本当は

言えるようになるように
頑張らなくても

できるようになるように
頑張らなくても


自然と
言えるようになっていきます

自然と
できるようになっていきます



その日のうちに
やっておく必要のある

仕事や家事以外の
あなただけの時間の中で


これをやったら
次はこれをやると

前もって
決めておかないで


ひとつやったら
ひと呼吸おいて

今どうしたい?って
自分に聞いてみる



それが
10分のお昼寝でもいい

それが
飴一個食べることでもいい

公園で
ボーッとすることでもいい



小さく自分に
正直になっていくことを

毎日
重ねていくと

想いと行動が
少しずつ仲良くなってくる



そうすると
自然と

言いやすくなる
シュチュエーションが出てきて

言えるようになってるな〜って
なっている自分がいたり


あるとき
ふと

できるようになってきたな〜って
自分に気づけたりします



本当は
目に見えないブロック外しに

労力を注いで
頑張ったりしなくて大丈夫




ここにいる

あなた自身と
仲良く過ごしていく時間を

少しずつ丁寧に
重ねて生きていこうね





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少し前に
下半身を中心に

小さなぷつぷつが
立て続けにできた


小さいのだけど
これが結構痒い・・・



初めはね
夏の疲れかしら?なんて

ちょっと
苛立ってもいたのだけど


少しして
今の時期に体調を崩すのは

秋に向かって
体が準備を始めてると知り



あぁ
次への準備なんだね
ありがとう



そう
思った途端

痒みが
一気に緩和したのでした



そして
そういえば・・・

体調を崩したとき
病院に行ったりすると


ウイルスのせいですねとか
疲れのせいですねとか
免疫力が弱ってるせいですねとか


~のせいって

当たり前のように
使われているなぁ〜って思った


(アレルギーのように
 生活に心を配るのに

 原因を調べることが
 必要な時もあるけれど)


そうして
わたしたちは

気づかぬうちに
体のバランスが崩れると

何かのせいにする

という知恵を
身につけてきたのかもしれない



けれど
それがもし

明日以降の
未来のためにあるのなら・・・

変容という
ひとつの過程なのだわ



ありがとう



そのひと言で
痒みがおさまるなんて

なんだか
とても

この体から
大きな事を教わった気がする





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TaoZenの
卵巣美人エクササイズ


今日の
コンディションを

チェックする画面
ずっと続けてきたのだけど


大抵真ん中の
3つの顔マークのところ

行ったり
来たりしている状態



始めた頃
1番左側のマーク

絶好調を
いつかつけようみたいな

気負いって
あったのだけれど


いざ
続けてみると

絶好調もなければ
絶不調もなく

それでも体は
善くなってるのよね



絶好調って
考えてみれば

絶対
近いような感じもするわ



ゆらゆらげんき



そんな感じで
いいのかもしれないね







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感謝しなさい


語気を荒げて
言われた経験があると

感謝と
服従が

同居したように
反応してしまう事がある



それが

感謝しなければいけない

という反応



そういう人は
自分の外側にではなく

自分自身という
存在そのものに向けて

感謝することを
大切にすればいいと思う



感謝できない
自分のままでいい



そして
ふとあるとき

感謝できない対象に
抱いている怒りの

もっともっと
深くに

過去に抱いた
怖れがあったのだと気づく



相手のために
自分があったのではなく(過去形)

自分のために
相手があるという目線で(現在進行形)


わたしのためにを
前提として

○○してくれて
自分がこうしていられる



試しに書いてみる



試しのつもりが
ドッと涙が溢れてきて

そして
翌日になったら

左後ろに
回りづらかった首が

以前より
回りやすくなっていた



感情は体に記憶される
それはきっと本当のこと


そして

感謝とは
自分が得するためにするもの

なのよね




【追記】

真ん中の雲が
羽根の生えた蛙みたい

な〜んて
感じていたら

跳ねカエルって
ギャグですかいな・・・





昨日の七夕
星空は見えなかったけど

日中は
晴れてて


こんな
面白い横顔の

鳥みたいな雲と
朝からご対面で始まった



曇っていても
空に月も星もあるから

逢瀬は
きっと

密かに
行われたのだろうね・・・



少し前に
おのころ心平さんのブログで

絶対という言葉
記事を読んでいて


初めに
これ読んだとき


絶対という
確実性のある言葉を

言うことのできない
自分に対して


むしろ
劣等感があったなぁ~と

読んで
ほろりとしていたのだけど



ところが
これ以降

実際に
言葉にしてなくても

心の中で
呟いている言葉に

絶対と頭につくのが
ところどころにあって


あぁ〜
劣等感を抱くということは

絶対という言葉に
焦がれていたのかぁ・・・



確かに
誰かを励ますときに


絶対大丈夫!!


みたいなことを
言える人に憧れていた



映画や
アニメに出てくる

ヒーローみたいな
言葉を発する人にだ


恐らく
父が居なかった代わりに

こういう存在に
焦がれていたのかもね



その反面


絶対大丈夫!!


そう言われたときを
思い返してみると


大丈夫(な私)に
ならないといけない


そんな
気がして

息苦しさも
感じていたんだわ



だって
それって

現状の自分を
否定してることだものね



それ以降
絶対に気づいたら

こっちでも
あっちでもいい

その都度
言葉を変えてみる


そうすると
言葉に隙間ができて

確かに
ゆとりができてくる



こっちでも
あっちでもいい


それは
曖昧なようであって

選択肢が
視界以上に広がるということ






自分美に気づくアート
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子供の頃に
ご近所さんであったような

お裾分け文化って
わたしは結構好きなのね



けれど

自分が好きで
手渡しているはずなのに

どこか
ざわざわする感が否めない


好きで
手渡している

なのに
どこか

与えてあげてるのに~!!と
地団駄踏んでる自分が

心の奥で
長く暴れていた・・・



与えてあげている
やってあげている


自分が
子供の頃

身近な大人が
不機嫌だったときに

言われたことのある人は
少なくないかもしれない



ぐさっと
突き刺さった言葉は

たとえ
一瞬であっても

当たりどころが悪ければ
矢として体の中に残ってる



あぁ
これは

突き刺さったまま
抜けきれなかった矢だ


そう
受け止めて


改めて
今のわたし目線で

お裾分けするという行為を
見直してみることにした



美味しくできたけど
ひとりで食べきれない

お料理や
お菓子を


ひとりでも楽しめるけど
他の人とも分け合いたい

感動や
歓びを


ひとりで
抱えているだけでは

破裂しそうな
エネルギーたちを


お裾分けすることで
助けてもらっている

という

今の
わたしとしての視点



今のわたしが
そのままでできること

それで
お裾分けをするとき


受けとって貰うことで
助けて貰ってるんだ


この思いを
起点にしてみたら


誰かに
何かを与えられたときも

受けとることで
助けているんだわと


受けとることにも
気楽さが出てくるようになった




【追記】

そうそう
これは

衝動で動いたのに
心がざわめいたとき

ゴリゴリ感満載のときは
まずは自分に休息を♫